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2006年5月28日 (日)

東京タワー

話題になっているリリー・フランキーさんの東京タワーを読んだ。最初、著者が日本人かどうかも知らなかった。少し期待して読んだんだけれど、本の帯に、過剰ともいえるくらい書いてあるような感動はおこらなかった。

感動と言うのは自分の生活からかけ離れているものに対して沸き起こる感情ではないだろうか?あの話に感動する人たちは私の目にはすごく恵まれた環境におかれた人たちに映る。「感動しました」「泣きました」?どこに感動するんだろう?女手ひとつで苦労して育てた母親の息子へ愛情?わが身を削ってでも息子に尽くす母の愛?それにこたえる息子の母に対する愛情?泣く?痛み苦しみながらの母の最期に?

親が病気になっても簡単には看病にいけない、たとえ危篤と知らせが入ってもすぐに飛んでいけない、年を取っていくのに一人住まいを余儀なくさせてしまっているetc.自分は親不孝だという罪悪感に苛まれつつ生きている人がどれだけ多いことか。親への愛情が深ければ深いほどその罪悪感の重さは重くなる。

でも、それでも自分で選んだ路だから、わかっていたことだから、ままならない苦しみと言うのは一生自分で背負っていくんだと決めたんだから、誰に泣きつくでもない、慰めを求めるでもない、つらさはすべて自分の胸のうちにしまっておく。あまりにつらくなったら、私はひっそりと野口英世のことを思い浮かべる。母を一人にしてまで異国に研究をしに行ったんだよね。母から帰ってきて欲しいと手紙をもらったときの彼のつらさは想像を絶したと思う。ま、私の場合彼のような偉大な業績を残すために異国にいるのではないんだけどね。

リリーさんは自分のことを愛してくれるご両親がいたし、お母さんが生きていらっしゃるときに親孝行は出来たし、亡き後は自分のお母さんの偉大さをこの世に知らしめ、それをお母さんへの贈り物とし、自分の心の慰めのひとつとすることができたのだからとても幸せです。すごく、すごく。

リリーさん、この世には自分の苦しみ・悲しみを緩和するすべを知らずただただじっと耐えているだけの人が多いのです。自分の思いを言葉にして外に吐き出せる人は幸せですよ。あなたは私が絶大なる嫉妬心を抱くほど恵まれた人です。

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2006年5月24日 (水)

シュッフィー、体操教室に行くの巻き

私は運動が嫌いではない。かといって好きでもないんだけれど。高校時代からテニスは好きで機会があれば必ず参加してきた。が、昨年はじめてテニスひじというものを経験した。しかし、その頃テニスはしていなかったのでテニスが原因ではない。卓球台を購入し子供たちと集中的にピンポンをしたのが原因なのだ。それなのに、家族のメンバーはコードレス電話を使っての長電話が原因だと主張する。ま、原因はともかく、家事をこなすことさえ苦痛なくらい痛く、治るのに1年近くかかり、今でも何かの拍子にあの痛みの盛り返しが予想されることがある。

なもんで、テニスをするのは怖い。でも、ぶよぶよとウエストあたりについている浮き輪肉を見るたびに、「運動せなあかんな」と言う感はいつもあった。

そんな話を犬の散歩友達にすると、「あーら、あんたにぴったんこのスポーツがあるわよん。私の行っている体操クラブにこない?」と言われ、即行ってみることにした。

それが昨日。朝に「あ、そういえば、今日が体操の日だ」と思い出し、「もうちょっとで忘れるところだった」と冷や汗。午後に知人宅でのお茶会に行き、帰ってきて夕飯の支度をしながら、突如、「げっ、もうすぐ体操の時間だ」と、ぎりぎりでまた思い出し、友人が迎えに来てくれる時間までに用意をすることができた。(最近物忘れがひどく、誰かと約束なんかすると、それを忘れないかどうかひやひやすることが多い。)

ほんでもって、娘に「今日、体操に行ってくるから」というと、「ひぇ!ママ、体操するの?」と驚かれ、2階にいる兄のところに「お兄ちゃん、ママが体操しに行くんだって!」と、なんやらすごいニュースを入手したかのごとく知らせに走った。息子も「えー?誰と行くの?体操できんの?」だって。母も体操くらいいたしまするでござるよ。

さらに輪をかけて、帰宅した夫に「今から体操に行ってくるから」と言うと、「えっ、体操しに行くんか?ブラボーッ!」だぜ。

私が必死に家の中きれいにしたり、おいしい料理作ったり、駅まで車でお迎えに行ったりetc.努力しても「ブラボー」はなかったよな。それが、体操教室に行くというだけで、あっさり「ブラボー」の言葉が出るとは何ちゅうこっちゃ・・・。

そりゃね、自分から自分を見た自分と、他人から自分を見た自分とはちゃうと知っていたけれど、「私が運動する」は私から見るとフツーの行為なのに、家族メンバーから見ると天地がひっくり返るほど珍しい行為だったっちゅうのはふごふぎ(←すごすぎ)やでぇ。

ま、弁解しても、理解を求めてもしゃーないので、そのまま驚く家族を後に私は体操教室に行ったのである。次回は運動と青春疑似体験について書くからねー。

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2006年5月18日 (木)

たわごと

ちょっと遅いですけど今「小早川伸木の恋」のビデオ見てます。なんとなくわかるなぁ・・・。既婚者の恋愛願望。別に結婚生活に不満はないし、家庭を壊したくないという願いもある。でも、ま、パンチがないのよね。

シュッフィー生活について言えば、家事全般、仕事をやって当たり前、やらないと家族から非難ごうごう。家族のために働いているのに、ありがとうとか、よくやったとか、おいしいとか褒め言葉なんて皆無。ま、期待するほうが間違ってるか・・・。実に永久無給家政婦。

10年前に夫を亡くしたカナさん。「10年間女であることを忘れてました」って?私なんか18年女であることを忘れてます。そして今後もそのままでしょう。なんだから、カナさんは幸せよ。

既婚者の恋ってのはね、相手の家庭を壊そうとか、生活を乱そうとか、そんなこと考えない。その人のことを考えるだけで自分に自信がもてるとかポジティブ思考できるとか、とにかく日々の生活におけるパンチの効いた調味料なんだよ。

それと、シュッフィーを落とそうとお考えの男性がいたとしたら、徹底的に褒めちぎること。これは効果大ですぜ。シュッフィーは誰よりも褒め言葉に弱い。褒められることなんて日常生活これっぽっちもないんだから。「あー、私のことを認めてくれる人がいたのね」といちころよ。保証します。

さぁ、酒に酔った勢いでわけのわからんこと書いてないで、明日来る友人のためにシフォンケーキ焼かなくっちゃ。シャワーもきっちりやって。・・・こうして恋せぬシュッフィーの日々も忙しく過ぎていくのでR.

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2006年5月 9日 (火)

出てきたぁ!

先日、「かっこいいお兄さん出てきておくれ」と書いたのだが、出てきたんだな、これが。驚き桃の木山椒の木(古い?)である。

順序良く話そう。まず、神戸出身のおともらちが好例たこ焼きパーティーに呼んでくれた。1時半に約束していたのに当日朝に電話があって、他の皆の来るのが遅くなるので2時半くらいにしてほしいと言われた。そのときに、スペシャルゲストも呼んでるんだと聞いたが、サプライズということで、誰かは教えてもらわなかった。

ま、ここんところ暫くお会いしていないあの方かなぁと気軽に考え、言われた時間より遅めに彼女宅にお邪魔した。そうすると家の前にどでかいVWのジープが駐車されていた。スペシャルゲストの車かぁ・・・でも、誰だろう?と思いつつ彼女の家に入っていくと、いつものたこ焼きテーブル(ま、彼女んちの特大食卓ですわな)の真ん中あたりに見知らぬ青年が座っていたので、「あれー、誰がこんなかわいらしい青年を連れてきたんだろう」と、またまた頭の中は???で一杯になったのである。

と、私の???印を察してか、すでに来ていた友人の一人が、「こちらはバーゼルサッカーチームの中田さんです」と紹介してくれた。はっきり言って私はサッカーについては無知である。いや、その他もろもろ無知だらけではあるので、サッカーについて「も」と言ったほうが的確であろう。とは言うものの、バーゼルサッカーチーム(FCB)は息子が大のファンなので名前は知っていたし、顔こそ知らなかったものの、中田選手という名前は聞いたことがあった。一瞬、かつがれているのかと疑ったが、周りの様子からどうも本当の中田選手らしいというのがわかった。そうと知ると、ミーハーな私は即、「息子が大ファンなんで是非ともサインをお願いします」と初対面の中田選手に頼んでしまった。

そんなこんなで、中田選手と話をしながらたこ焼きを食べた。(これって、そんじょそこらのファンの集いよりインパクトありまっせぇ。)彼はどこから見てもごく普通の青年で(普通よりずっとかっこいいけれどね。)、サインも、一緒に写真を撮ることも快くOKしてくれたし、恋愛論や最近のドラマの話とか熟年女性6人を相手に退屈な態度もみせることなく気持ちいい受け答えをしてくれました。よって彼への評価は最高点を差し上げます!と、ここまではおばさん的立場からの評価。

人としても、すでに社会(スポーツビジネス)にもまれてきたので、それに流されることなく、自分の考えを持ちしっかり立っているという印象を受けた。さらには自分の意見考えをきちんと持っていながら人のそれを聞く姿勢もある。うん。実に良い子だ。(どうしても「子」になっちゃうなぁ。失礼だね、大人の男性に。)

女性ファンのみなさん、あなたの見る目は間違っていません。彼はサッカー選手としてだけでなく、人間的にも魅力的です。お薦め度100%。 やっぱ、おばさん的立場からの評価になっちゃった? うーん。私もね、少なくとも10歳くらい若ければ恋してたかもね・・・。悲しいかな、年季入りシュッフィーはいい男を見てもそうたやすく恋に落ちないというのが現実なのでR.

でも、素敵な人と一緒に時間を過ごすと言うのはそれだけで実に最高。人生におけるお宝的なひととき。スイスに住んでいるというだけで、日本にいたら絶対お目にかかれないような人に出会う機会もたまにはあるんだよね。それくらいの特権がなくちゃ、やってられませんって。

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2006年5月 4日 (木)

恋せよ、シュッフィー。

シュッフィーは恋をしないか?「はい」か「いいえ」で答えよ。(おー、懐かしい、テストの質問やん、これって。フィフティー・フィフティー、イチバチ(一か八か)問題)

この答えって、答える人によって違うから面白いよね。純な新婚さんなら「えーっ、結婚した後で恋なんかしませんっ」って言うよね。ベテランシュッフィーなら絶対、「いいえ、もちろんしますっ!」と答えるだろうなぁ。でも、乾きすぎの人なら「そんなん、いまさらするかいな」だろう。そう言っていても、恋しても気づかなかったり、否定して気づかないふりしているパターンだってあり得る。

私は理系人間であり、ふわふわもやもやはっきりしないことに関して考えるのは苦手だし、結論がぱっぱかぱ~と、でないこともあまり好きではない。

よって、理論的にバシッと答えを求めよう。そのための「恋」の定義づけ。かの有名なジョンレノンは「愛とは愛されたいと願うこと」だと、ポルノグラフィーが歌っていた(回りくどいね、私って)。 では、「恋」とはと考えたところ、「会いたいと願うこと」ではないかと私なりの結論に至ったのだ。

そこで、先の質問に戻ります。全国のシュッフィーの皆さん、現在「会いたい!」と切に想う人はいますか?「はい」ならあなたは恋しています。「いいえ」なら今のところ恋の相手は見つかっていません。(愛されたいと願う人がいたりして・・・。それは恋のハードルより高いわん)

以上で、自覚症状を確認してください。そうすると、かなりのシュッフィーが恋していたり、したことあるんじゃないっすかぁ?

老若男女問わず、恋するって楽しいし素敵だと思う。その人のことを考えるだけでうきうきしたり、穏やかになれたり、やさしくなれたり。自分自身、きれいでありたいとか素敵でありたいとか自己向上心にもつながるしね。

長年シュッフィーやってますと、この向上心の維持っちゅうのがむずかしなってきますんや。毎日毎日同じことの繰り返し。万年報われないシンデレラでおます。すると、人間は弱いもんでっさかい、そのうちいじけてきますんや。「やったって無駄や。だれも見てくれへん。ほめてくれへん」と。それに追い討ちかけるように怠け精神も出てきます。「どこも行かへんから、化粧せんでもええやろ」とか、家用の服装で買い物に出かけるようになったり。これこそ「おばはん街道一直線」でんな。あかん、あかん、そんなんやったらあきまへんでぇ。

せやさかい、恋せよ、シュッフィー! ですわ。誰でもよろしおますがな。あの人はかっこいいけど根性悪いに決まってるとかなんとか いちゃもんつけるのはおいといて、「いやぁ~ん、かっこええやん」で、ぱかっと恋してしまおう。しょしてね、それを自分を磨くモーティベーションに使うんや。

常に自分を磨いている(外見だけでなく、精神的な面も)妻に文句言う夫はいるかい?そう、我が夫君のため恋して自分を磨きあげるんだ。おっ、これはいい名目やね。それが高じて浮気や家庭内問題にまで発展するかどうかはそれぞれのシュッフィーの良識と力量および、夫の魅力度にかかっているのだ。(もちろん、妻の魅力度にも大いにかかってますわな。)

最後に私自身のことについて言わせてもらうと、人に推薦するくらいだから「恋」くらいは機会あるたびにします。だけど、私の場合、恋はいたって平和なもんや。今まで過去を振り返っても一方通行の恋しかしたことありませんし・・・って自慢になるかぁ?ま、頭の中でのバーチャルゲーム。プレイしている間だけでもきれいになれるんやったら安上がりでっしゃろうがな。

結婚→判断力の欠如 離婚→忍耐力の欠如 再婚→記憶力の欠如(ま、学習でけへんかったってことでんな。) と、誰がうまいこと言いはったな。結婚生活がいかにあるかという記憶はアルツになったって消えることがないくらいどっぷり私の身に染み付いているもんねー。よって、結婚は人生において1回きりです。(誰が好き好んで2回も3回も結婚するんや。その人の気が知れんわんこちゃんっ。)せやけど、恋はバンバンするぞー!!!にゃもんで、かっこいいお兄さん、出てきておくれー。

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2006年5月 2日 (火)

続ミスター・スイス&かっこよさ

ご存知のとおり、スイスの公用語はドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマン語の4つ。出身地のよって違ってくる。よって、子供たちは小中学校で、外国語としてフランス語やドイツ語を英語より先に学ぶ。(最近 地域によっては英語を重要視し、早くから教えるところもあるようだ。)それでも、日本人があれだけ英語を習っても全員が上手く話せるとはかぎらないように、スイスでも、たとえばドイツ語圏の人々が学校でフランス語を習ったところで全員フランス語ができるかというとそうではない。出来る人は教養があるとみなされ、そうでない人は、ま、それなりの・・・って感じ。

先日選ばれたミスター・スイスはフランス語圏の出身者ゆえ、母国語は当然フランス語。なのに、ドイツ語でのインタビューの受け答えも問題なくこなしていた。「おー、美しいだけでなく一般教養もあるのね。ますます、ええやんええやん」と、「教養」の2文字に弱い私の目じりは下がるのである。

そういえば、スイス・フィギュアスケートの星、ランビエールくんもフランス語圏出身者だが、ドイツ語インタビューOKだもんねー。ルックスよく、スケートピカイチ、さらに教養もあるとくれば、もてるよね。

テニスNo.1のフェダラーくんはドイツ語圏出身。でも、フランス語も英語も大丈夫だもんね。えらい、えらい。

と・に・か・く。母国語以外の言葉が出来るというのはかっこいい要素のひとつになり得る。

わが子供たちはフランス語を習うのにへーへー言っている。私はフランス語が出来ないが、習ったことはあるので、難しいということだけは知っている。英語が出来ればいいじゃんという考えもそこそこ認める。だけどね、かっこいいやん、「できる」ということ。しんどいからあきらめるんじゃなくて、ちょっと頑張って「できる」を自分の身につけて欲しい。

なもんで、芸なし、教養なし、なんもなしシュッフィーは自分のことを棚どころではなく天井の上に上げ、日夜子供の尻たたきに専念するのである。

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ミスター・スイス 2006 決定

ここスイスでも(はたして日本でもあるのかどうか知らないが)、毎年ミス・スイスのみならず、ミスター・スイスが選出される。毎年、ろくでもないのがぞろぞろと出てくるので、「本当にかっこいい男はこんなちゃらちゃらしたところに出てこないよなぁ」と、興味がなかったのである。がしかし、娘はずっと前から公表されていた18人(この数字は定かではないが)のミスター・スイス候補者の写真をながめては、「私はこの人がいい。いや、この人もいい」などと、一人うきうきと品定めをしていた。の・で(と、娘を口実に)私も候補者の写真を見たものの、ミスター・スイス=ろくでもない の公式が変わることはなかった。

で、その最終選定が一昨日の日曜日、全国放送で行われたのであるが、興味がないとはいえ、娘の横でしっかり一緒に見てしまった。すると、なんと、写真(静止画)と動画はちゃうねー、ええやん、ええやん、この子!って子を発見。娘も応援していた子だが、私たちの審美眼は一般国民の大多数と一致していたのであった。つまり、その男の子(って、28歳くらいだけど)がミスター・スイスに選ばれたのだ。うん、今年のこのミスター・スイスはその何にふさわしいモデル顔の正統派。背も190cmと高い。私の16歳の息子もこれくらいの身長であるので高いだけでかっこいいとは思わないが、かっこいい人の背が高いとさらにかっこよさが上がる。見栄えがする。毎年、ミスター・スイス最終選考番組に期待していたのはこういう美しい男性の登場であったのだ。そういった面で今年は大当たり。ミスター・スイス、かくあるべし!来年もたのんまっさである。

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