2006年12月15日 (金)

落ち込んでます。

師走ですねぇ・・・。

長年主婦をしているわけですが、ひょいとしたことから、来年あたりから知的バイトができるやもしれない機会が訪れたわけです。家事オンリー生活から脱出かと意気揚々としたのもつかの間。第一関門でつまずいたわけで・・・。

ま、仕事内容というのが、医学関係書類の日本語翻訳(英語が原文)のチェックというもの。むかぁしにこういう仕事した記憶があるゆえ、とびついたのはいいのだけれど、まず、英語で履歴書を書かねばならない。ガガァ~ン!

ドイツ語版は5年前に作ったので、それを英語版に直せばなんとかなるだろうと思ったのが甘かった。英語から離れてこの方10数年。英語が出てこない・・・。こんなんで英語の翻訳チェックができるのかぁ?自信喪失。

いやいや待て。近頃インターネットで何でも調べられるんだよなと思いつき、気を取り直して、英文履歴書の書き方を探してみると、なんと製作ソフトまであるではないか。やったぁ!と喜んだのは早かった。記入し始めて気づいたのだが、私にはスキルというものがない。ワーキングエクスピリエンス=主婦。これじゃぁ売り物にならないよな・・・。がくがくがっくん。

ほないなもんで、今まで散々人にいちゃもんつけてきた私ですが、このたび、少々へこんでいますのだ。ま、似合わん舞台にしゃしゃり出てわざわざ自信喪失せんでもいいかいなぁとは思う反面、このまま向上心なくぬるぬるの生活してもあかんのんちゃうかと、これでも結構心の中では葛藤してますんやで。

なんもせぇへんのは死んでいるのとおんなじやと、どこかのおえらい女性の厳しいお言葉。身にこたえますなぁ。彼女から見ると 私はずっと死んでいる状態なのですね。死んでいてもおなかはヘリまっせぇ。

ま、初心に戻って、スキルを磨くことからはじめまひょかね。来年からはドイツ語教室に再び通いはじめます。コツコツとドイツ語磨くことにしました。乞うご期待!(期待させてええんかいな?)

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2006年9月29日 (金)

アホチャウか?第2弾

秋田経済法科大と、系列の秋田栄養短大で、茶髪とピアスを禁止する規則が設けられたそうだ。ほんま、どうして日本ではこんなアホちゃうかみたいな情けないことばかりするんだろう。開いた口がふさがらない。

歴史的にも実質的にも由緒あるどこやらの私立のお坊ちゃま、お嬢様学校ならいざ知らず(日本ちゃいまっせぇ)、これほどやかましく学校が生徒の服装ならびに身なりを規制する国というのも珍しい。しかも大学生といったらもう大人でしょうが。

茶髪もビアスも個人の問題であって、品位があるかどうかなどの基準になるものではない。黒髪でピアスをしていない学生は品位があるのか?!そもそも大学ともあろうものが、学生の品位を外見に求めること自体間違っている。自分の大学に通う学生の中身がないことを強調しているだけだ。

品位とは内面からにじみ出てくるもので、品位ある人というのは何を着ても何をつけていても、その格好自体すべて高貴に見えるものだ。

私はピアスや茶髪を推薦しているわけではない。自分の格好くらい自分で責任持てよなっ!ってこと。「大人なら」自分の内面に伴ったスタイルを持つでしょう。品位がないのは茶髪とピアスのせいでなく、その学生の内面がその程度ってことでっせ。

秋田経済法科大さん、ここまで幼稚な規制だすくらいだったら、試験で「優」を取ったら1万円あげるってほうがチャーミングかもよ~。大学側の知的で教養ある判断を求む!!!・・・って、もう大恥かいたあとだけどね。

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2006年8月18日 (金)

日本に行ってきました。

7月から1ヶ月ほど4年ぶりに日本に行った。沖縄、九州と家族で旅行したのだけれど、沖縄では台風による強風で、九州では集中豪雨で、予定を立てていたほど楽しめず、残念だった。

いつも日本から帰ってくると、複雑な気持ちになる。自分の日常生活はすでにスイスにあるのに、その日常生活が現実味を帯びなくなるというか、地に足がついてないというか、自分の存在場所がわからなくなるというか・・・。そういう感じ、他の人にわかるだろうか?

日本に行くたびに、日本はいいなぁと思うと同時に、そこに自分の入る余地を見出せず、「日本にはもう住めないなぁ」と思い知らされる。「ガーンッ!」って感じでね。かといって、戻ってきたスイスに自分の居場所を確保できるかと言うと、物理的にはもちろんOKなんだけれど、精神的に、「よくスイスに戻ったね」ってスイスが私を手放しで受け入れてくれる感じではない。私が能動的に「よっこらしょ」と、そこに入り込まなければ入っていけない。それには、いくら住み慣れた場所と言ったところで、多少なりとも労力がいることなのだ。

でも ま、これって、9月1日病かな。今までの夏休みモードから一気に登校モードに気持ちを引き締めなきゃいけないときの精神の揺らぎ。子供のときに比べて体の順応性も落ちているしね。ぼちぼちやって行くしかないか。日本→スイスモードへの切り替え。完了するのに2,3週間は欲しいなぁ。

ってことで、日々、元気になっていくだろう私に乞うご期待!

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2006年8月12日 (土)

萩本欽一氏最低!

「解散」といっておきながらその後すぐまた「解散しない」と言った時点で萩本氏に愛想をつかしました。これは自分のファンがだまっていないであろうということをあらかじめ計算した上での芝居じみた「解散宣言」であります。解散宣言が「ファンによって」拒否されたことで自分の責任が全部免れたと世間に思わせる2次効果も付随しています。芸能人の犯罪が繰り返されるのも、罪を問われてもすぐに復帰できると言う自負からきていることが多いのです。世間はそんなに甘くない!彼が知性ある判断のできる人間ならば、今回のような一連の出来事は生じ得なかったでしょうね。ほんと、彼も芸能人の立場を利用する(というか、ファンを利用する)人間の一人かと、全く腹立たしいばかりです。

そのうえ、罪を問われた「山本」とかいう芸人を復帰させるようなことをニュースで見ました。これが本当ならば、まったく「あほか!」の一言です。呆れて開いた口がふさがらないとは実にこういうときに使う言葉だったのですね。私は罪を許すことを温情とは思いません。厳しさのない温かさなど存在しないのです。もしそういうのがあったら、それはただ単に堕落の世界なのです。

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2006年6月 1日 (木)

あほちゃうか!?

この世の中には時として他人事ながらむっちゃんこ腹立たしくなってくることがある。今回の「おしゃぶりあご変形・母子賠償訴訟」も実にそうである。

17年前、長男を出産した頃、ヨーロッパではおしゃぶり使用が当然のことになっていた(今でもそうですが)。なもんで、新生児室では自動的におしゃぶりを口にくわえさせられる。私はそれ以前にスイスで大きな子供(5,6さい)がおしゃぶりを平気で口にいれ遊んでいる姿を見ており、すごく異様でショックだったので、自分の子供には絶対におしゃぶりを使わせたくないと、息子の保育ベットに「おしゃぶりを与えないように」との張り紙をしてもらった。

「子供の精神安定にすごくいいのよ」と周りの皆に言われたが、頑として自分の考えを曲げずおしゃぶりなしを貫いた。

今回のこの訴訟を起こした母親は、娘の顎の変形の責任をすべておしゃぶり販売会社のせいとし、親として子供を育てるに当たっての自分の判断力のなさを棚に上げている。これほど腹立たしいことはない。責任転嫁もはなはだしい。(アメリカなんかでたびたびおこるとんでもないアホな訴訟の真似してるんとちゃうかぁ)

世間で集めにくい情報ならいざ知らず、おしゃぶりがいいか悪いかなんて、昔から討論されていることだし、いろんな人の意見やなんかも参考にして、自分の判断で与えるか否か決めることである。こういう母親はどうせ、泣き叫ぶ赤ん坊が静かになって楽だわという安易な考えでおしゃぶりを与えていたに違いない。子供におしゃぶりを与えることによって自分が得る利点があったはずだ。だからこそ与えたのではないか。

親である限り、自分の子を育てるに当たって、何がいいのか悪いのか、情報を集め研究し、最後には自分で判断して自分の責任で子育てを行っていくべきだ。それが何か少しでもうまくいかなければ、自分の責任を省みず、まず人のせいにするという幼稚性。こんな親がこの先自分の子供をリーゾナブルに育てられるのかいな。

この子が学校に入って、上手く行かなければ、今度は先生や学校のせいにする。社会に出てうまくいかなければ、社会のせいにする。結婚してうまくいかなければ相手のせいにする。

自分の人生は自分で作るんやで。親が なんでもかんでも人のせいにするような教育していたらどうなるんや、この子の人生。ほんまにアホちゃうかですっ!自分の子育ての能力のなさを世間に知らしめているだけやで。腹立たしいったらありゃしない。

言っておきますけれど、私はおしゃぶり会社のまわしもんではありませんで。

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男性諸君、もっとふんばれ!

前々からうすうす感じていたんだけれど、最近年上の女性を好む男性が増えてきていませんか?よっしゃぁ、ええ傾向やぁ!と、ミーハーな中年シュッフィーの私なんかは喜んでいたのですが、よく考えると、あまり喜ぶ事態ではないのかもかもですね。

男の方がえらいんやなどと今時言っているようではもてまへんな。せやけど、昔の男は空威張りでもしっかりしていてくれた。「俺が守ってやる」という意気込みがあった。たとえ内容が伴ってないにしても、そうでなければならんという脅迫的観念があったんじゃないだろうか。

今の時代、男が「僕、癒し系の女性がいいな」など弱音が堂々とはける。強くなった女性は(彼女たちに言わせると母性本能の効力だそうだか)「いいわよ、私に甘えてね」なんていうから、男の甘えは留まるところを知らない。

本来(ま、息子などを見ていて思うのだが)、男は甘えん坊である。なんでもかんでもやってもらいたがる。だからこそ、母親は心を鬼にして息子を厳しく鍛えなければならないのでR。それが、「人間だから弱くて当たり前よ。しっかり甘えてね」などと育てようものなら、これはふにゃふにゃな人間になってしまう。そんでもって、そんな男こそ、「癒し系」と称し、自分を守ってくれる母親代理を求め続けるのでR.

これでいいのか、男性諸君!そりゃね、甘えるのって簡単だよ。でも、そこは ぐいっと歯を食いしばって、気合入れるのが男っちゅうもんちゃうんかぁ?

かしこい女性というのは男性の弱いところ知っていて知らんふりしてくれるもんです。初めから「私に頼ってね」という女性より、「あなたがいないとだめなの」と言いつつ、男性をしっかりサポートしてくれるような、そんな素敵な女性を探したまえ。探せばいるよ、そういう女性。さっさと安易な方向に転がり込むのは根性足らん証拠です。そいでもって、そういう男は一生、女にコントロールされ続けまっせ。ひとり立ちしていない男の子が母親に頭が上がらないようにね。そいでも楽な方がいいと、そこまでへにょへにょならもう何も言いません。それこそ、「勝手にしぃ」でんな。

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2006年5月28日 (日)

東京タワー

話題になっているリリー・フランキーさんの東京タワーを読んだ。最初、著者が日本人かどうかも知らなかった。少し期待して読んだんだけれど、本の帯に、過剰ともいえるくらい書いてあるような感動はおこらなかった。

感動と言うのは自分の生活からかけ離れているものに対して沸き起こる感情ではないだろうか?あの話に感動する人たちは私の目にはすごく恵まれた環境におかれた人たちに映る。「感動しました」「泣きました」?どこに感動するんだろう?女手ひとつで苦労して育てた母親の息子へ愛情?わが身を削ってでも息子に尽くす母の愛?それにこたえる息子の母に対する愛情?泣く?痛み苦しみながらの母の最期に?

親が病気になっても簡単には看病にいけない、たとえ危篤と知らせが入ってもすぐに飛んでいけない、年を取っていくのに一人住まいを余儀なくさせてしまっているetc.自分は親不孝だという罪悪感に苛まれつつ生きている人がどれだけ多いことか。親への愛情が深ければ深いほどその罪悪感の重さは重くなる。

でも、それでも自分で選んだ路だから、わかっていたことだから、ままならない苦しみと言うのは一生自分で背負っていくんだと決めたんだから、誰に泣きつくでもない、慰めを求めるでもない、つらさはすべて自分の胸のうちにしまっておく。あまりにつらくなったら、私はひっそりと野口英世のことを思い浮かべる。母を一人にしてまで異国に研究をしに行ったんだよね。母から帰ってきて欲しいと手紙をもらったときの彼のつらさは想像を絶したと思う。ま、私の場合彼のような偉大な業績を残すために異国にいるのではないんだけどね。

リリーさんは自分のことを愛してくれるご両親がいたし、お母さんが生きていらっしゃるときに親孝行は出来たし、亡き後は自分のお母さんの偉大さをこの世に知らしめ、それをお母さんへの贈り物とし、自分の心の慰めのひとつとすることができたのだからとても幸せです。すごく、すごく。

リリーさん、この世には自分の苦しみ・悲しみを緩和するすべを知らずただただじっと耐えているだけの人が多いのです。自分の思いを言葉にして外に吐き出せる人は幸せですよ。あなたは私が絶大なる嫉妬心を抱くほど恵まれた人です。

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2006年5月24日 (水)

シュッフィー、体操教室に行くの巻き

私は運動が嫌いではない。かといって好きでもないんだけれど。高校時代からテニスは好きで機会があれば必ず参加してきた。が、昨年はじめてテニスひじというものを経験した。しかし、その頃テニスはしていなかったのでテニスが原因ではない。卓球台を購入し子供たちと集中的にピンポンをしたのが原因なのだ。それなのに、家族のメンバーはコードレス電話を使っての長電話が原因だと主張する。ま、原因はともかく、家事をこなすことさえ苦痛なくらい痛く、治るのに1年近くかかり、今でも何かの拍子にあの痛みの盛り返しが予想されることがある。

なもんで、テニスをするのは怖い。でも、ぶよぶよとウエストあたりについている浮き輪肉を見るたびに、「運動せなあかんな」と言う感はいつもあった。

そんな話を犬の散歩友達にすると、「あーら、あんたにぴったんこのスポーツがあるわよん。私の行っている体操クラブにこない?」と言われ、即行ってみることにした。

それが昨日。朝に「あ、そういえば、今日が体操の日だ」と思い出し、「もうちょっとで忘れるところだった」と冷や汗。午後に知人宅でのお茶会に行き、帰ってきて夕飯の支度をしながら、突如、「げっ、もうすぐ体操の時間だ」と、ぎりぎりでまた思い出し、友人が迎えに来てくれる時間までに用意をすることができた。(最近物忘れがひどく、誰かと約束なんかすると、それを忘れないかどうかひやひやすることが多い。)

ほんでもって、娘に「今日、体操に行ってくるから」というと、「ひぇ!ママ、体操するの?」と驚かれ、2階にいる兄のところに「お兄ちゃん、ママが体操しに行くんだって!」と、なんやらすごいニュースを入手したかのごとく知らせに走った。息子も「えー?誰と行くの?体操できんの?」だって。母も体操くらいいたしまするでござるよ。

さらに輪をかけて、帰宅した夫に「今から体操に行ってくるから」と言うと、「えっ、体操しに行くんか?ブラボーッ!」だぜ。

私が必死に家の中きれいにしたり、おいしい料理作ったり、駅まで車でお迎えに行ったりetc.努力しても「ブラボー」はなかったよな。それが、体操教室に行くというだけで、あっさり「ブラボー」の言葉が出るとは何ちゅうこっちゃ・・・。

そりゃね、自分から自分を見た自分と、他人から自分を見た自分とはちゃうと知っていたけれど、「私が運動する」は私から見るとフツーの行為なのに、家族メンバーから見ると天地がひっくり返るほど珍しい行為だったっちゅうのはふごふぎ(←すごすぎ)やでぇ。

ま、弁解しても、理解を求めてもしゃーないので、そのまま驚く家族を後に私は体操教室に行ったのである。次回は運動と青春疑似体験について書くからねー。

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2006年5月18日 (木)

たわごと

ちょっと遅いですけど今「小早川伸木の恋」のビデオ見てます。なんとなくわかるなぁ・・・。既婚者の恋愛願望。別に結婚生活に不満はないし、家庭を壊したくないという願いもある。でも、ま、パンチがないのよね。

シュッフィー生活について言えば、家事全般、仕事をやって当たり前、やらないと家族から非難ごうごう。家族のために働いているのに、ありがとうとか、よくやったとか、おいしいとか褒め言葉なんて皆無。ま、期待するほうが間違ってるか・・・。実に永久無給家政婦。

10年前に夫を亡くしたカナさん。「10年間女であることを忘れてました」って?私なんか18年女であることを忘れてます。そして今後もそのままでしょう。なんだから、カナさんは幸せよ。

既婚者の恋ってのはね、相手の家庭を壊そうとか、生活を乱そうとか、そんなこと考えない。その人のことを考えるだけで自分に自信がもてるとかポジティブ思考できるとか、とにかく日々の生活におけるパンチの効いた調味料なんだよ。

それと、シュッフィーを落とそうとお考えの男性がいたとしたら、徹底的に褒めちぎること。これは効果大ですぜ。シュッフィーは誰よりも褒め言葉に弱い。褒められることなんて日常生活これっぽっちもないんだから。「あー、私のことを認めてくれる人がいたのね」といちころよ。保証します。

さぁ、酒に酔った勢いでわけのわからんこと書いてないで、明日来る友人のためにシフォンケーキ焼かなくっちゃ。シャワーもきっちりやって。・・・こうして恋せぬシュッフィーの日々も忙しく過ぎていくのでR.

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2006年5月 9日 (火)

出てきたぁ!

先日、「かっこいいお兄さん出てきておくれ」と書いたのだが、出てきたんだな、これが。驚き桃の木山椒の木(古い?)である。

順序良く話そう。まず、神戸出身のおともらちが好例たこ焼きパーティーに呼んでくれた。1時半に約束していたのに当日朝に電話があって、他の皆の来るのが遅くなるので2時半くらいにしてほしいと言われた。そのときに、スペシャルゲストも呼んでるんだと聞いたが、サプライズということで、誰かは教えてもらわなかった。

ま、ここんところ暫くお会いしていないあの方かなぁと気軽に考え、言われた時間より遅めに彼女宅にお邪魔した。そうすると家の前にどでかいVWのジープが駐車されていた。スペシャルゲストの車かぁ・・・でも、誰だろう?と思いつつ彼女の家に入っていくと、いつものたこ焼きテーブル(ま、彼女んちの特大食卓ですわな)の真ん中あたりに見知らぬ青年が座っていたので、「あれー、誰がこんなかわいらしい青年を連れてきたんだろう」と、またまた頭の中は???で一杯になったのである。

と、私の???印を察してか、すでに来ていた友人の一人が、「こちらはバーゼルサッカーチームの中田さんです」と紹介してくれた。はっきり言って私はサッカーについては無知である。いや、その他もろもろ無知だらけではあるので、サッカーについて「も」と言ったほうが的確であろう。とは言うものの、バーゼルサッカーチーム(FCB)は息子が大のファンなので名前は知っていたし、顔こそ知らなかったものの、中田選手という名前は聞いたことがあった。一瞬、かつがれているのかと疑ったが、周りの様子からどうも本当の中田選手らしいというのがわかった。そうと知ると、ミーハーな私は即、「息子が大ファンなんで是非ともサインをお願いします」と初対面の中田選手に頼んでしまった。

そんなこんなで、中田選手と話をしながらたこ焼きを食べた。(これって、そんじょそこらのファンの集いよりインパクトありまっせぇ。)彼はどこから見てもごく普通の青年で(普通よりずっとかっこいいけれどね。)、サインも、一緒に写真を撮ることも快くOKしてくれたし、恋愛論や最近のドラマの話とか熟年女性6人を相手に退屈な態度もみせることなく気持ちいい受け答えをしてくれました。よって彼への評価は最高点を差し上げます!と、ここまではおばさん的立場からの評価。

人としても、すでに社会(スポーツビジネス)にもまれてきたので、それに流されることなく、自分の考えを持ちしっかり立っているという印象を受けた。さらには自分の意見考えをきちんと持っていながら人のそれを聞く姿勢もある。うん。実に良い子だ。(どうしても「子」になっちゃうなぁ。失礼だね、大人の男性に。)

女性ファンのみなさん、あなたの見る目は間違っていません。彼はサッカー選手としてだけでなく、人間的にも魅力的です。お薦め度100%。 やっぱ、おばさん的立場からの評価になっちゃった? うーん。私もね、少なくとも10歳くらい若ければ恋してたかもね・・・。悲しいかな、年季入りシュッフィーはいい男を見てもそうたやすく恋に落ちないというのが現実なのでR.

でも、素敵な人と一緒に時間を過ごすと言うのはそれだけで実に最高。人生におけるお宝的なひととき。スイスに住んでいるというだけで、日本にいたら絶対お目にかかれないような人に出会う機会もたまにはあるんだよね。それくらいの特権がなくちゃ、やってられませんって。

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«恋せよ、シュッフィー。